東京地方裁判所 昭和48年(ヲ)618号 決定 1974年4月15日
申立人
馬島千鶴子
右代理人
岡部勇二
相手方
同栄信用金庫
右代表者
笠原慶蔵
相手方を債権者、申立外小林義雄を債務者とする当庁昭和四二年(ヨ)第四五九七号不動産仮差押申請事件について、当裁判所が昭和四二年四月二二日にした仮差押決定に基づき別紙物件目録記載の不動産に対してした仮差押の執行に対し、申立人から執行方法に関する異議の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
本件異議申立を却下する。
申立費用は、申立人の負担とする。
理由
第一申立の趣旨
相手方を債権者とし、申立外小林義雄を債務者とする当庁昭和四二年(ヨ)第四、五九七号不動産仮差押申請事件について、当庁が昭和四二年四月二二日に発した仮差押決定に基づき、別紙物件目録記載の不動産についてなされた東京法務局世田谷出張所昭和四四二年四月二六日受付第一四、二九九号仮差押登記は、これを抹消する。
第二申立の理由の要旨
一事実関係
(一) 申立の趣旨記載の不動産仮差押申請事件につき、東京地方裁判所は昭和四二年四月二二日に当時申立外小林義雄が所有し、同人の所有名義に登記されていた別紙物件目録記載の不動産(以下、本件不動産という)を仮に差押える旨の決定(以下、本件仮差押決定という)を発し、直ちに東京法務局世田谷出張所に対しその旨の登記嘱託をなし、これに基づき申請の趣旨記載の仮差押登記(各甲区四番、以下、本件仮差押登記という)がなされた。
(二) これよりさき申立外金田仁栄こと金仁栄は、申立外日本電話工業株式会社に対し、昭和四一年一二月ころ、金三五〇万円を利息年一割五分、弁済期昭和四二年四月三〇日、期限後の遅延損害金日歩八銭二厘の約定で貸し付け、同年二月一三日、当時右会社の代表取締役であつた小材義雄との間で、右貸金債権(以下、本件債権という)担保のため、右会社の右債務の不履行を停止条件としてその債務の履行に代えて本件不動産の所有権を金仁栄に移転する旨の代物弁済契約(以下、本件代物弁済契約という)を締結し、これに基づき本件不動産について東京法務局世田谷出張所昭和四二年二月一四日受付第四、七七号号条件付所有権移転仮登記(各甲区二番、以下、本件仮登記という)を受けた。
なお、金仁栄と小林義雄との間で、本件代物弁済契約において代物弁済を受ける時期は必ずしも、本件債権の弁済期と同時ではなく、両者間で別途協議のうえでの各意思表示によつて決定することができる旨右契約当時合意されていた。
(三) 申立外馬島力は、昭和四四年九月一一日、金仁栄栄から本件債権および本件仮登記上の権利を、そのころ小林義雄の承諾を得て譲り受け、同年一二月二二日、本件仮登記の停止条件付所有権移転の登記(各甲区二番付記一号)を受けた。
(四) 申立人は、昭和四四年九月一一日馬島力から本件債権の元本の一部金八五万円及び本件登記上の権利を、そのころ小林義雄の承諾を得て譲り受け、昭和四五年一月二七日本件仮登記の停止条件付所有権移転の登記(各甲区二番付記二号)を受けた。
(五) 申立人と小林義雄は、昭和四五年四月一〇日協議のうえ本件債権元本のうち申立人が前項どおり譲り受けた金八五万円の債権の弁済に代えて本件不動産の所有権を同日小林義雄から申立人に移転し、申立人はしかるべき清算をする旨の契約(以下、本件代物弁済契約という)をなし、これにより、申立人は、本件不動産の所有権を取得し、かつ小林義雄から同日、その引渡しを受けた。
(六) そこで申立人は、昭和四五年四月一〇日ごろ小林との共同申請により、本件不動産につき本件仮登記に基づく所有権移転本登記(以下、本件登記という)を申請したところ、本件仮登記の後に登記された本件仮差押等の各登記権利者の承諾書の添付がないとの理由で右本登記をすることができなかつたので、止むなく、右本登記申請を取下げた。
そして、昭和四五年四月一四日に所有権移転の仮登記(各甲区六番)をなした。
(七) その後、申立人は原告となり、相手方を被告として東京地方裁判所に対し、本件不動産についての本登記承諾請求及び相手方から小林に対する同裁判所昭和四二年(ワ)第四八一二号貸金請求事件の執行力ある判決正本に基づく強制執行はこれを許さない旨の第三者異議の訴を提起したところ、同裁判所はこれによる同裁判所昭和四五年(ワ)第一二四七二号事件において昭和四八年八月六日「すでに訴提起前に他の者から任意競売手続が開始されているから」との理由で原告の請求はいずれも認められないとして、これを棄却する旨の判決をした。申立人は右判決に対し東京高等裁判所に控訴し、同庁昭和四八年(ネ)第一七六六号事件として同裁判所に係属中である。
(八) 申立人は、昭和四六年八月二四日、小林との共同申請により、東京法務局世田谷出張所登記官に対し、本件不動産のうち建物につき、本件仮登記に基づく所有権移転の本登記申請をなした。
しかるに、右登記官は、本件仮差押登記の登記権利者である相手方並びに甲区三番の仮差押登記、甲区五番の任意競売申立登記及び乙区四番の賃借権設定登記の各登記権利者の承諾書の添付がないことを理由として、右申請を却下した。なお申立人及び小林義雄は、右却下処分の取消を求める行政訴訟を提起し(一審当庁昭和四七年(行ウ)第三四号本登記却下処分取消請求事件、二審東京高等裁判所昭和四七年(行コ)第八七号右控訴事件)、一、二審では申立人らが敗訴したので、現在上告中である。
二法律上の主張
申立人の法律上の主張は、必ずしも、明確ではないが、これを善解して、要約すると、概ね、次のようになるものと考えられる。
本件仮差押決定の執行として、本件仮差押登記が適法になされたものであることは、これを認めるが、本件仮差押登記は、次に述べるとおり、その後の事情変更により違法なものとなり、抹消されるべきものとなつた。すなわち、前示一の(二)ないし(六)の事実によれば、申立人は昭和四五年四月一〇日小林義雄から本件不動産の所有権を代物弁済によつて取得し、本件仮登記に基づく本登記の申請ができることになり、現に前示一の(六)及び(八)のとおり、右本登記申請をした(但し一の(六)の分については後日、取下、一の(八)の分は本件建物についてのみ)。右本登記申請は、不動産登記法上、当然に受理されなければならないものであつて、仮差押債権者である相手方や任意競売申立人等の承諾書又はこれに代わる裁判の謄本の添付がなければならないという見解は明白な誤りであるから、申立人は、本件不動産につき、実質上、本登記を経由したものである。かりに百歩譲つて右本登記をなすについて、仮差押債権者である相手方の承諾書又はこれに代わる裁判の謄本がなければならないという解釈が正しいとしても、相手方は、本件不動産の所有者となつた申立人に対して右本登記をなすについて承諾をする義務があるものであり、相手方は前示一の(七)の訴訟において違法な主張をして申立人の勝訴を妨げ、引いて右本登記を妨害しているものであるから不動産登記法第四条により、申立人の本登記欠缺を主張することができないものであり、また相手方は、右のとおり本件不動産の所有者となつた申立人に対して右本登記をなすについての承諾をする義務があるものとすると、同法第五条にいう、他人の為め登記を申請する義務ある者に該当するから、申立人の右本登記の欠缺を主張することはできないものである。このように、相手方が申立人に対して、申立人の本登記の欠缺を主張できない以上、申立人は相手方に対して実質上、右本登記を経たと同様の関係にあるということができる。以上のとおりとすると、本件仮差押は、仮差押債権者である相手方が第三者である申立人所有の本件不動産に対してこれをしたことに帰し、申立人の本件不動産に対する実体的所有権を侵害するに至つたので違法なものとなつたことは明らかであるから、これを取消すべきである(民事訴訟法第六五三条参照)。また前示一の(一)、(二)の事実によれば、本件仮差押は、本件仮登記に基づく本登記がなされることを解除条件としてなされたものであることは明らかであるが、前述のように、申立人が本件不動産につき実質上、本登記を経由したものということができる以上、右解除条件は成就したものというべく、従つて本件仮差押登記は、この点からしても、違法となつたものである。
第三当裁判所の判断
一申立人の提出した証拠資料によれば、申立人の主張にかかる事実関係が認められる。
右証拠資料及び右事実によれば本件不動産の登記簿上の所有名義人は本件仮差押登記がなされた当時から現在に至るまで終始小林義雄であることが明らかである。
二そこで申立人の法律上の主張について判断する。
(一) 不動産に対する仮差押の執行については、民事訴訟法第七五一条の規定によるほか、強制執行に関する規定が準用される(同法第七四八条)。従つて不動産に対する仮差押の執行は、債務名義としての仮差押命令又はこれに付記された執行文(同法第七四九条第一項参照)によつて明らかにされている債務者に帰属している不動産すなわちいわゆる責任財産たる不動産に対してのみこれを行うことができるのであつて、他人である第三者の不動産に対してこれを行うことはできない(同法第五四四条第一項、第五四九条参照)。それゆえ不動産に対する仮差押についての管轄執行裁判所すなわち仮差押命令を発令した裁判所(同法第七五一条第二項)は、先ずもつて、仮差押執行手続の遂行に際し、債権者の申立にかかる執行対象不動産が存在するか否か、それが存在するとして果して債務者に帰属するものか否かについて、職権で調査すべき義務を負うものといわなければならない。しかしながら民事訴訟法第五六六条、第五六七条、第五九六条第一項、第六二五条第一項、第六四三条第一項第一、第二号、第七〇六条、第七二〇条、第七四八条等の規定を総合して考察すると、同法は、執行対象財産の責任財産性については原則として疎明があれば足りるものとしていると解される。すなわち同法は、各種の執行対象財産の性質に応じて、その差押や仮差押について、それぞれ所定の各執行機関が容易に確かめ得る一定の外観的事実であつて該事実の存在が認められれば執行対象財産が存在し且つそれが債務者に帰属するものと一応推認することができるような事実(執行対象財産が有体動産、不動産、船舶の場合)又は執行対象財産が存在し且つそれが債務者に帰属する旨の債権者の開示(執行対象財産が債権又はその他の財産権の場合)をもつて執行対象財産の責任財産性についての徴憑として法定し、執行機関が執行対象財産の責任財産性についてなすべき調査は、右のような外観徴憑についてこれをなせば足り、執行手続はこれに則つて遂行すべきものとしているものと解されるのであつて、同法がかかる外観徴憑主義を採る法意は、執行機関をして差押や仮差押を機を失せずに迅速に行わしめるに在るものと考えられる。ところで不動産に対する仮差押の執行における右のようなものとしての外観徴憑は、同法第七四八条、第六四三条第一項第一、第二号の規定によれば、執行対象不動産が登記されたものであればそれが債務者名義に登記されていることであり、若し、それが未登記のものであれば該不動産が債務者に帰属することを証すべき証書が存在することであると解される。従つて不動産に対する仮差押の執行に際し管轄執行裁判所は、債権者の申立にかかる執行対象不動産の責任財産性を調査するにあたつては、該不動産が債務者名義に登記されているか否か、若しそれが未登記のものであれば、債務者に帰属することを証すべき証書が存在するか否かを調査すれば足りるのであつて、その調査のために必要とあれば、債権者を審尋したり、任意的口頭弁論を開いたりすることもできないのではないが、民事訴訟法が採る前叙外観徴憑主義の法意に鑑みるならば、管轄執行裁判所としては前示外観徴憑の存否の調査以上に実体関係に立ち入つて執行対象財産の責任財産性について調査をすることは許されないといわなければならない。前叙のとおり管轄執行裁判所は、仮差押の執行手続の執行に際し執行対象不動産が債務者に帰属するものであるか否かについて調査すべき義務を負うものであるから仮差押の執行をした後も、それが存続している限りはその義務を免れるものではない。しかして執行着手のときに未登記であつた不動産も一たん仮差押の執行がなされれば登記された不動産になつてしまう(不動産登記法第一〇四条第二項参照)のであるから仮差押執行がなされた後の右調査は前叙の外観徴憑主義により、専ら登記簿上の記載のみによつて行われることになる。それで、若し登記簿の記載上、該不動産の債務者帰属性が失われたにもかかわらず仮差押登記が残存するに至つたときは、――例えば、仮差押登記の前に買戻の特約を登記していた者が仮差押登記の後に買戻をしてその登記をしたときがこれにあたる(民法第五八一条第一項参照)。仮差押の登記の前に所有権に関する仮登記をした者が仮差押の登記の後に該仮登記に基づく本登記を経由したときも、若し仮差押の登記が残存しておれば、これにあたることになる(不動産登記法第七条第二項参照)が、昭和三五年法律第一四号不動産登記法の一部を改正する等の法律(以下、改正法という)によつて不動産登記法第一〇五条の規定が設けられた後は、登記実務上、所有権に関する仮登記の後になされた仮差押登記の名義人は、右仮登記に基づく本登記につき登記上利害関係を有する第三者にあたるものとして取扱われ、従つて右本登記の申請をするには申請書に仮差押登記名義人の承諾書又はこれに対抗することを得べき裁判の謄本を添付しなければならないものとされるとともに、登記官は右書類を添付した本登記申請があつたときは、同法同条第二項により本登記をするときに職権で当該仮差押登記を抹消すべきものとされており、このような取扱のもとでは本登記がなされた後に仮差押の登記が残存することはあり得ない。登記実務上の右のような取扱は、仮差押の登記も一種の処分制限の登記にあたるし、従つて第三者の権利に関する登記にあたるとする一般的な解釈に由来するものとは思はれるが、周知のとおり不動産登記法第一〇五条の規定は、改正法によつてこれが設けられた以前は、所有権に関する仮登記の後、本登記がなされるまでの間に本登記義務者の処分行為によつて第三者が権利を取得してその登記をしている場合に、該第三者の登記があるままで右仮登記に基いて本登記の申請をすることが許されるか否かについて疑義があつたし、また右本登記申請が許されるものとしていた登記実務のもとでは、同一不動産につき登記簿上所有名義が二重に併存する等の混乱が生じ公示制度として好ましくない結果を招来していたので、右疑義を解消すると共に右のような公示の混乱を避けて不動産取引の安全を保護することを目的として立法されたものであつて、所有権に関する仮登記の後、本登記がなされるまでの間に第三者の仮差押の登記がなされた場合の右仮登記に基づく本登記申請をどのように取扱うべきかの問題は、同法同条の立法目的の全くのらち外に在つたものであり、同法同条の設けられた以前は、所有権者による右本登記の申請はなんらの制約なしに当然に許されるものとされ、その結果として登記簿上の権利関係の公示に混乱が生ずるようなことは毫もなかつたのみならず、後述するところによつて明らかなとおり、右本登記がなされたときは仮差押の管轄執行裁判所はそれが判明次第、外観徴憑主義に則つて職権で仮差押の執行を取消して登記官に対して該仮差押登記の抹消を嘱託しなければならなかつたものであること、前叙の登記実務上の取扱は、これを実質的に観ると、不動産登記法第一〇五条の規定が設けられる以前において、仮差押された登記簿の記載上該不動産の債務者帰属性が失われたにもかかわらず該仮差押の登記が残存することになつた場合のうち、所有権に関する仮登記に基づく本登記がなされた場合の執行手続を他の場合の執行手続から差別し、管轄執行裁判所以外の機関(本登記承諾請求訴訟の受訴裁判所ないしは登記官)に該不動産の債務者帰属性が失われたか否かを前叙の外観徴憑主義によらずに実体関係を調査のうえ判断させ、処理させることにするものであつて、仮差押された不動産の債務者帰属性の喪失事由いかんによつて執行手続を異らしめることになるものであるが、凡そ仮差押された不動産が前叙の外観徴憑主義のもとでその債務者帰属性を失つたときは、仮差押の執行手続としては、法的手続の本質上その事由のいかんを問わず当然に画一的に処理されるべきものと考えられるし、前叙のような差別を設けなければならぬ実質的な理由は発見できないこと、所有権に関する仮登記の中には債権担保の目的でなされたものがあり、かかる仮登記上の権利者による権利行使に対しては該仮登記の後に仮差押をした債権者もしかるべく保護されるべきである(最判昭和四五年三月二六日最民集二四巻三号二〇九頁参照)との理由から前叙の登記実務上の取扱を是認する見解があるかも知れないが、右の見解は、所有権に関する仮登記はそのすべてが債権担保の目的でなされているものではない点で問題であるのみならず、実体法上の利益考量を重視するのあまり前叙外観徴憑主義に則つた不動産仮差押執行手続の適正な遂行の視点を等閑視するきらいがあつて、にわかに左袒し難いこと、以上述べたような観点から考察すると、登記実務上前叙のような取扱をすることによつて、所有権に関する仮登記名義人の権利行使に制約を加えることの合理性は充分でないものといわざるを得ない、そうだとすれば、同法同条第一項における本登記に付き登記上利害関係を有する第三者とは、所有権に関する仮登記の後になされた本登記義務者の処分行為によつて取得し得る権利に関する登記の名義人たる第三者に限られ、右仮登記の後になされた仮差押登記の名義人の如きはこれに含まれないものと解する余地もないのではない。若し右のような解釈のもとに登記実務が行われることになれば、所有権に関する仮登記の後になされた仮差押の登記が右仮登記に基づく本登記のなされた後に残存することは当然あり得ることになる――執行裁判所としては、前叙の登記簿上の記載が実体関係と符合するか否かを問うことなく、かかる仮差押の登記を存続させることはもはや許されないものとして、民事訴訟法第七四八条によつて準用される同法第六五三条の趣旨に則り、前叙のような登記簿上の記載が登記官からの通知によつて判明したときであれ、はたまた他の経路によつて判明したときであれ、直ちに職権をもつて該不動産に対する仮差押の執行を取消し(大決昭和五年二月二二日大民集九巻三号二一二頁参照)同法第七四八条によつて準用される同法第六九〇条を準用して登記官に対して仮差押登記の抹消の嘱託をしなければならない(これによれば、債務者が第三者例えば仮差押登記の前に買戻の特約の登記をしていた者と通謀して、実体関係と符合しない登記、右設例では買戻登記を経由することによつて仮差押執行の免脱をはかることも可能となるが、仮差押執行の手続が外観徴憑主義に則つて遂行されるべきものである以上、これはやむを得ないものといわれなければならない)。しかし仮差押の執行をされた不動産が登記簿の記載上、債務者に帰属している限りは、管轄執行裁判所としては該不動産の帰属変動についてこれを調査する必要もなければまたその権限も有しない。
不動産に対する仮差押の執行が債務者に帰属する不動産に対してではなく、他人である第三者の不動産に対してなされたときは、該第三者は該仮差押の執行による自己の権利の侵害に対し、それがいかなる原因による場合であれ、民事訴訟法第七四八条によつて準用される同法第五四九条による第三者異議の訴によつて自己の権利の守護をはかることができる。更に、該第第三者は、管轄執行裁判所が前叙の外観徴憑主義に則つてなすべき執行対象不動産の債務者帰属性についての調査を誤つたために該仮差押の執行を取消さず、そのため自己の権利が侵害されているときは、管轄執行裁判所が不動産の仮差押執行に関する手続上の規定に違反しているものとして、同法第七四八条によつて準用される同法第五四四条による執行方法に関する異議の申立をしてその権利の守護をはかることもできる。しかし管轄執行裁判所による前叙の外観徴憑主義に則つた執行対象不動産の債務者帰属性についての調査ないしこれに基づく仮差押の執行手続の遂行に間然するところがなければ、たとえ該不動産が実体法上該第三者に帰属するものであるとしても、それによつて管轄執行裁判所が不動産の仮差押執行に関する手続上の規定に違反したことにはならないから、該第三者は執行方法に関する異議申立によつて自己の権利の守護をはかることはできない、このことは、不動産仮差押執行の管轄執行裁判所は、執行対象不動産の債務者帰属性につき、前叙の外観徴憑主義に則つた調査以上に立ち入つて実体関係を調査する権限を有しないこととも照応するものである。かかる場合には、該第三者は、専ら、第三者異議の訴によつて自己の権利の守護をはかるほかはないのである。
(二) 本件仮差押決定の執行としての本件仮差押登記が当初、適法になされたものであることは、申立人の自認するところであり、当庁昭和四二年(ヨ)第四五九七〇号不動産仮差押事件の記録上も明らかである。
申立人は、本件仮仮差押登記がなされた後に、申立人が仮差押債務者小林義雄から本件不動産の所有権を取得したとか、申立人は本件不動産につき実質上本件仮登記に基づく本登記を経由したものというべきであるとか、相手方は申立人の右本登記の欠缺を主張することができないものであるとか、申立人は本件仮差押登記により実体的所有権を侵害されているとか、るる主張するが、(一)で詳しく説明したところによつて明らかのとおり、本件仮差押執行の管轄裁判所である当裁判所としては、本件不動産の仮差押執行における前叙の外観徴憑主義に則つた調査の範囲外に属する右主張のような事項についてはこれを調査する権限を有しないものであるのみならず、たとえ実体関係が右主張のとおりしても当裁判所が本件不動産に対する仮差押の執行に際して遵守すべき手続規定に違反したことにはならないから、右主張は執行方法に関する適法な異議事由とはなり得ないものである。よつて右主張は、それ自体失当のものといわざるを得ない。また申立人は、本件仮差押は、本件仮登記に基づく本登記がなされることを解除条件としてなされたものであることを前提として、申立人は本件不動産につき実際上、右登記を経由したものということができるから右解除条件は成就されたと主張するが、右本登記が現実になされたと認められる証拠資料のない本件においては、その余の判断をなすまでもなく、右主張も失当といわなければならない。なお、本件に顕われた全証拠資料によるも、本件仮差押登記のなされた後に、これを存続させておくことが不動産の仮差押執行に関する手続上の規定に違反するものと認められるような事情はなにもなく、却つて一の後段に判示のとおり、本件不動産は今なお仮差押債務者小林義雄の所有名義に登記されているのであるから、当裁判所が本件仮差押登記を存続させていることは、不動産仮差押の執行に関する手続上の規定に毫も違反するものではない。
三よつて申立人の本件異議申立は理由がないのでこれを失当として却下することにし、申立費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用する。
よつて主文のとおり決定する。
(宮崎富哉 舟橋定之 伊藤剛)
(別紙)
物件目録
一 東京都世田谷区奥沢八丁目三三九番八
一、宅地 180.42平方メートル
二 同都同区奥沢八丁目三三九番地
家屋番号五八四番
一、木造瓦葺平家建居宅
床面積 56.19平方メートル